GEN-SUNのブログ

海と音楽がライフワーク

ダイバーズエッセイ「海に愛された男たち」はより感動の世界へ

今回のエピソードは僕が女性のダイバーを泣かせた話ではなく、海が彼女に感動を与えた話です。
僕は女性に大変優しい人ですので、そこのところよろしくです。



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南に生息するナマコを食うそぶりの僕




〔著書抜粋〕

●エピソード一一〔みなべ ミサチ〕女性ダイバー泣く   

木村 健治

〈ミサチ〉は魚の形をした根で水深十二メートルのアンカーポイントには大型イソギンチャクのお花畑が咲き乱れてクマノミファミリーが忙しそうに出たり入ったりしている。
また、三十六メートルの深場にはブラックホールという長さ十五メートルほどのトンネルがある。中級者から上級者が楽しめる上質のポイントのひとつだ。
通常のコースは、根の一番浅い岩場にあるクマノミコロニーからコンパス角二百十度に進み、トンガリ岩の落ち込みを降りると真っ暗な縦穴に当たる。
ところがヨッちゃんがリーダーではそうはならない。
東の壁際を、徐々に深度を取りながら舐めるように潜降して狭いスリットを抜けて西に向かい、落ち込みの南側の壁を大きくUターンをしてからトンネルの入り口を目指す。
あるときは反対側の東の入り口まで行き、水深四十メートルの白い砂地を散歩してからトンネルに進
入する。そのあとに中央の縦穴を上に抜けるのである。
ひとつのポイントを毎回違うルートで攻め落とす。何度同じポイントを潜っても、毎回違った感動を創りだす名人である。
天気、透明度、水温、魚の多い少ない、そして、メンバーのレベル等を考慮しながらその時々で最大限の可能性を引き出そうとしているのだ。
いやはや、それは敬服に値する。

さて、ここ〈ミサチ〉のコース立てでひとりの女性メンバーが急に泣き出した。
ブラックホールの入り口に差しかかった時、ヨッちゃんがチームを入り口のすぐ近くで停止させたらしい。
トンネルから群れ出てくるマアジやイサキの大群を呆然と見たまま、彼女は動こうとしなかった。


吉川 元

ブラックホールへのアクセスは僕が自信を持って設定したコースバリエーションのひとつである。
三種類のコースを設定しているが、その日の流れ、透明度、透視度、魚影などのコンディションで適切なコースを選ぶようにしている。
また、地形も傾斜地形なので徐々に深度が取れて安全に深場移動できる。傾斜部にはヤギ類を主体とした色とりどりの付着生物が生息しており、深度ごとにその様相を変える。 
非常に美しい景色である。
岩場、砂地、スリット、転石と、地形バリエーションも豊かで見るものの目を飽きさせない。
この日は南の潮が適度に流れ、水温も安定していた。このようなコンディションの場合、ほぼトンネルの中に根付きの小魚や小型海遊魚の群れが居るであろうことが予測される。 
僕たちは入り口の広い東側からトライすることにした。
水温が安定しているとこうも魚影が違うのかと思うほど、のっけから大物たちが出迎えてくれた。
まず、ナンヨウブダイのファミリーが現れた。大型のハタ類であるスジアラ、中層にはハマフエフキの成魚も群れて一定の距離を保ちながら僕らのほうをじっと見ている。傾斜部は驚くほどの大物尽くしだった。
広い傾斜地からしだいに細くなっている水路に差し掛かった。
イサキの大群が僕たちを追い越してトンネルに入って行く。これで舞台は出来上がったと同然だ。八メートル先のトンネルの中の様子に期待感が膨らむ。
チームをその入り口二メートル手前に停止させてひと息つかせた。水深と残圧をひとりひとりチェックする。この合間が大切だ。せっついても間が空き過ぎてもいけない。
とりあえず、僕ひとりで入り口に近づいた。グチャッと魚影がひしめき合っているのが見えた。

この時、みんなでトンネルに入っては感動の度合いが大きくならない。間近くに魚を見ることができたとしても、群れの大きな流れを感じることはできないからだ。
群れを追い出すために僕ひとりで入り口へ入ることにした。その前に、あと少しチームを入り口近くまで移動させることにした。
これで準備完了、僕は一気にフィンを蹴った。
イサキのむれ、アジの群れ、出てくるは出てくるは、半端な数ではなかった。それが円弧を描いてスリット上層に駆け上がって行く。まるでその群れは一気に空を目指して駆け上がっていく渡り鳥のようだった。
最前列の山下雅美さんが宙を見上げたまま動かない。後列の連中はどよめき立っているのに、彼女だけ動こうとしない。
チームを入り口の中へ移動させるために僕は最前列に戻った。チラッと彼女のマスクの中を覗いてみた。
彼女は宙を見上げたまま泣いていた。