GEN-SUNのブログ

海と音楽がライフワーク

「海に愛された男たち」の本文抜粋第3弾。

「海に愛された男たち」の本文抜粋第3弾。(第2弾はLINKgen-sunのオフィシャルサイト、アメブロに書き込み)
僕が潜る上で大切にしている心情の抜粋とアンカーがあるはずの
ところから消えていたエピソードの抜粋です。


著書抜粋

●吉川イズム

木村健治
ファンダイブにおけるヨッちゃんの基本的心情を、私なりに感じたままを述べてみよう。

【深い浅い】
彼のコースガイドは何故かドラマティックだ。決してお世辞ではない。
アンカーリングポイントの浅瀬から地形に沿って一番深い場所を目指す。ゆっくりと、次第に深く進んで行く。
 彼はホバーリングしながら、メンバーにその時々の水深をフィンガーサインで知らせる。魚影を発見したら魚たちが逃げないように遠巻きに回り始める。そして、魚とチームとの間隔を一定距離に保って全員がそれを観察できるよう配慮する。
岩場に付着している生物の様変(さまが)わりがあれば、体全体を使った大きなアクションでチームに知らせてくれる。深さに応じて生物の顔が違っていく様子をゆっくりと確実に見せてくれる。
まるで観光バスの添乗員のそれである。
最深度からの浮上にも注意を払う。ゆっくり、横移動を交えて上って行く。それも地形をうまく利用して。さすがだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
このマジックには気づかなかった。ダイビングは三次元体験ができる数少ないスポーツだ。

【狭い広い】
狭いスリット、細い水路、切り立った谷間などは陸上だけでなく水中でも見ることができる。みんながドキドキしたり
期待したりする要素だ。ヨッちゃんはそれを増幅させる技を持ち合わせている。
その地点に差しかかると少しスピードを下げて、凝視しているかの行動をとり始める。あるときは、チームをスリットの手前で待たせて自分ひとりで入って行く。なかなか帰ってこない。
みんなが心配し始めるころ、大きなOKサインをしながら戻ってきてGOサインを出す。かなりのオーバーアクションで。
私は内心、芝居じみていると思うときがある。
サインを送られたみんなは恐る恐るスリットを抜けて行く。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
スリットを抜けたとたん、青く広がった空間がみんなを待ち構えている。このときの体を包み込む開放感は最高だ。再びチーム全員が列を整え、中層に浮いて移動し始める。
みんな満足げだ。心憎い演出を恥ずかしげもなくやってのけるヨッちゃんは役者を思わせる。
彼は『狭い広い』を絶妙に取り入れて記憶に残る空間を提供してくれる。

【暗い明るい】
トンネルや洞窟は魅力が一杯だ。
ヨッちゃんは入り口手前で後続のメンバーをいったん止める。そして、ゆっくりと指示を出す。海底に溜まっている砂
泥を指差して、両手でフィンを漕いでいるしぐさのあとで砂泥が巻き上がるジェスチャーをしてX(バツ)サインで終わる。
「海底に砂泥が溜まっている場合は、フィンで泥を巻き上げないように」
みんなはヨッちゃんにOKサインを返す。
そして、フィンを上に向けてゆっくり漕ぎ、静かに、静かに、進んで行く。
砂泥を巻き上げて後続の視界を妨げるようなことはヨッ
ちゃんから強く止められているのだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
天井を仰ぎながら、自分の吐いた泡が穴から出てゆく様子を眺めるのもなかなかの気分である。暗いところから明るい
ところに出てきたとき、ホッと一息ついて落ち着きを取り戻す。
『暗い明るい』は水中散歩をするダイバーに緊張感と安心感を与える欠くべからざる要素のひとつなのだ。

吉川 元
浅い水深から深みへ・・・
明るさが減退してゆく世界への移動は僕たちの冒険心をそそる。
水中の断崖絶壁といわれるドロップオフ沿いの潜降では、そそり立つ壁沿いにゆっくりと落下していくと身の引き締まる思いがする。また、水温の変化が体を直撃する事もあり、それが緊張と意外性のシチュエーションとなる。
逆に、深みから浅いところに帰るときは世界が明るさを取り戻す。陽光が水中に降り注ぐと、何とも言いがたい
開放感が体全体を包み込んでくれる。
空を飛ぶように魚たちがかすめて行くかと思えば、大型の成魚が一定の距離を保ちながら我々の動きをじっと見つめていることもある。
また、水深ごとに生物層が様変(さまが)わりしてゆく景色は、メンバーたちの不思議感をより増幅させてくれる要素のひとつだ。

ダイブリーダーやガイドは、〈タンク一本分の水中ドラマ〉を演出するプロデューサーなのだ。

その仕立てをする上で、起承転結のストーリー性をダイビングに組み入れることが重要となる。
そして、その演出に欠かせないのがケンジィのいう水中の立体感だ。
メンバーたちは一日に二ダイブすることしかできない。
前編と後編を合計しても、わずか二時間足らずの水中ドラマしか見られないことになる。
その物語をどう演出するかが僕の大事な役目となる。

ところが、僕は年に一、二度、信じられないミスを犯してしまって自己嫌悪に陥る。
平坦な砂地ポイントで、メンバーでも分かるようなアンカーロープの位置を見失っては探し回り、沖へ沖へと彷徨ったあげく、一番嫌っている筈の垂直浮上をする主役と化してしまうのだ。
そんな時、心優しきメンバーたちは、アンカーロープを横目で見ながらも大人しく僕についてきてくれる。
後述のエピソードにもそれは書かれている。


●エピソード二〔古座 上瀬〕糸を巻き巻き

木村 健治
水中にそびえ立つ岩場のことを私たちは根と呼んでいるが、このポイントは山脈が二つ並んだような大きな根で砂底の水深は三〇メートル以深、その根の天場も十八メートル前後という深めのポイントとなっている。
総勢十五名が二班に分かれてダイビングした。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ふとガイドロープが張ってあった方向に目をやると何やら人影が見える。あれはヨッちゃんだ。
糸を巻き巻きの要領で切れたガイドロープの残骸を整理している。
彼の背中は何かしら寂しげではあったが、例のごとく怒っているではないか。
たぶん、アンカーが蹴られて船が流された時に、名案の筈のガイドロープが空しく切れてしまったのだろう。
高価なリール本体が残っていただけ、不幸中の幸いだった。

さて、どんなエキジットをするのかと思いきや、ついて来いと尖った合図がヨッちゃんから発せられた。
私達はもう一方のチームとも合流して水深五から六メートルをキープしながら彼のあとに続いた。
ヨッちゃんは水深三メートルをキープし、時折水面に顔を出して船を確認しながらきららと輝く水中を移動している。
やおら、倉本美佳さんが水中用のライティングボードに『何かおもしろそうやね』と書いてメンバーたちに回覧している。女性の中でヨッちゃんが最も信頼するトップクラスのダイバーが彼女、倉本美佳さんである。
林さんはというと、自分のバディを確認しながらも、あっちこっち自由気ままな一人旅風情を楽しんでいる。
〈吉川イズム〉のひとつとして『出来る限り水面には浮上しない』という鉄の原則がある。
水面は予期せぬ船舶が通過することがあり、水面を移動しようとすれば、かなりのエネルギーをロスする。波が高いときはなおさらである。
そこで、波の影響を受けない五メートル水深を維持して水中を移動し、ついでに潜水障害を防ぐために三から五メートル水深に減圧しながら体内窒素ガス濃度を下げる安全停止も兼ねた上で船に戻る考えと相なったわけだ。
これが〈吉川イズム〉の真骨頂といえよう。
こういう場合ほとんどのリーダーはグループ全員を同時に浮上させ、水面で船の救援を待つという対処方法をとる。
しかし、ヨッちゃんは彼一流のリーディングを披露することで、メンバーたちに降りかかったアクシデントをエンターテイメントにすり替えてしまったのだ。
トラブルをプラスに置き換えてしまうのは、さすがヨッちゃんである。

吉川 元
ここ何年かの間、海流蛇行の影響で串本には黒潮が流れ込まなくなり、冷水(れいすい)塊(かい)が居座っている。
それに反して半島裏の古座は黒潮の恩恵を受けて暖かくどこまでも透き通り、古座特有のダイナミックな水中景観が際立っている。
和歌山県古座のビッグポイント、〈ブラックトンネル〉とともに名を連ねる〈上瀬〉。その評判を聞いて、メンバーたちがしきりにリクエストしてくる。
参加者が多くなると危機回避に頭を痛めなければならないので、ワンボックスカー一台分の人数限定でツアー募集を開始した。
またしてもA君がやって来た。
そして、前述の〈ブラックトンネル〉を一緒に潜ったメンバー達全員も参加予約を入れてきた。
ケンジィに参加者を厳選してくれるよう頼んでおいたものの、ツアー前日には参加者は十二人に膨れ上がっていたのだ。
何とワンボックスカー三台分の人数である。二台はいつものことなので驚かないが、今回は名を轟かせている一級ポイントの〈上瀬〉である。
「健ちゃん、厳選してくれた?」
「うん、前のブラックトンネルとほとんど同じメンバーやで」
「厳選してA君かいな」
「まあ・・・ 上手い奴が多いから、何とかなるやろ」
「ふーん、何とかなるんかな・・・」
ふたりの話はこれで終了した。
ここに至っては、ケンジィに文句をつけるより班分けやバディシステムを考えるほうが得策と最善の潜水計画を
練ることに時間を費やすことにした。
当日の夕刻、気分を新たにして六時間の道のりを走る。湯浅自動車道が広川までしか通っていないので、そこか
らはロング&ワインディングロードの旅である。黒潮が入り続ける古座の海を目指し、車酔いでダウンするメンバーをひとりずつ増やしていきながらワンボックスカーはひたすら山道を走った。
深夜過ぎて宿に着くと、いつものごとく缶ビールとスナックを囲んで座談会が始まったのだが、すでにメンバーの半数近くは酒を飲んでいないにも拘らず酔っているようだった。
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
今日はかなり風が吹いているので、船長がアンカーを落とすまで相当の時間がかかった。いやな予感がしたので、いつもは持って行かないセーフティリールを持って入ることにした。
潜ってみたら予感は的中していた。アンカーは尾根からずれ落ちてアンカーロープは海底深く伸びたまま途中で消えていた。
海底まで潜ると無駄にエアを浪費するだけなので、16 メートル水深でアンカーロープと尾根とをリールロープで水平に結び、そのロープ沿いに尾根へ渡っては帰ってくるというコースをとる。
今回のダイビングもブラックトンネル同様、スタートして帰るまでのコース設定は結構満足できる内容のものだった。
なのに、帰ってきたらアンカーロープは消え失せて切れたリールロープがSの字を描いて尾根に垂れているのだ。
「ああ、古座は鬼門か」
レギュレーターをくわえながらの僕の独り言である。
みんなに水深5 メートルまで浮上することを指示して僕は水面に浮上した。
僕たちの船は約100メートル風下にアンカーを打って泊まっていた。流れは無かった。コンパスを船に合わせてみんなのところに戻った。
見上げる水面では風に押された波がゆっくりと舟に向かって動いている。
方角確認には困らない状況だった。
コンパスとその波の方向を目安にみんなより浅めでリーディングを始める。みんな興味深々で僕を見あげながら水中プレートに何か書いて回し見している。
暖かく透き通った黒潮が僕たちを包み込んでいた。その美しい青の中をチームは五メートル深度を維持して移動している。前方にうっすらとアンカーロープが見えてきた。
次第に、はっきりと、真っ白なアンカーロープが目の前に浮かび上がってきた。
僕は大きなアクションでアンカーロープを指差した。
みんな、ガッツポーズをした。