GEN-SUNのブログ

海と音楽がライフワーク

文芸社8月発刊「海に愛された男たち」のエッセイ抜粋第5弾

さてさて、著書抜粋シリーズの続きです。
楽しんで呼んでくれたら嬉しい限り!
いろいろなエピソードが山盛りにありますので全部は紹介できませんが、頑張ります。



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●エピソード一〇〔みなべ ショウガセ〕ヨッちゃんは魚であった 

木村 健治

ヨッちゃんにはエラがあると、まことしやかな噂が流れていたことがあった。
「ヨッちゃん呼吸してへんで、泡が出てへん」
「あれだけ他のチームのサポートをしてまだ上がって来ないなんて。もうエアが無いはずやけど」
「ヨッちゃん、絶対エラ呼吸しとるわ」
まあ、こんな具合である。

とある日、二班に分かれて実施したダイビングでヨッちゃんは無線通話機付のフルフェイスマスクを着けて潜ったことがあった。
それはダイブマスター講習のコースリーディングやコントロールの指導機器としてテスト採用したものだった。
たまたま、私の率いるチームと他のチームとがエキジットの際に交差したことで列に乱れが生じて、アンカーロープ付近で浮上の混乱が発生した。
誰が誰かも分からない状態だったので、アンカー近くにいるダイバーからひとりひとりロープに誘導してエキジットさせるつもりでいた。
何気なく水面付近を見上げるとヨッちゃんらしきダイバーが潜ってきた。
それもBCジャケットもマスクもなしでこっちに近づいて来る。
「どういうこと?」
よく見るとやっぱりヨッちゃんで、アンカーロープに安全停止しているメンバーのオクトパスを当たり前のように口にくわえ、また、次のメンバーのオクトパスを吸い継いで大きな身振り手振りで整然とメンバーを動かしているのだ。
見えているのか見えていないのか、それがまるで裸眼でも見えているかのような指示の仕方だった。
「こんなダイビングあり?」
ほんと、目を疑う光景である。
ぼやぼやしているわけにはいかないので私もエキジットを必死でサポートした。
メンバー全員がエキジットしたあと、ヨッちゃんは私のオクトパスを吸いにやって来た。マスクなしの彼の顔は近くで見ると実に不可思議で、私がしっかり見えているような焦点の合った目をしていた。
いつものように、ヨッちゃんは最後に船に上がってきた。
「フルフェイスは相変わらずエア消費が早いわ。タンクはカラッポ、ハッハーッ」
彼はシャーシャーと言ってのける。
「エキジットがスムーズに行ったのは助かったけど、どうしたん、マスクは?」
 私は彼の顔を覗き込むようにして尋ねた。
「エキジットがごたついて心配したわ。けど、案外ええ感じやで、マスク無しも」
 いつもだが、彼の返事はまるで答えになっていない。
「でもな、何でマスクなしやねん?」
「今度、健ちゃんもマスク無しで潜ってみたら」
 やはり、彼の返事はまるで答えになっていなかった。
エラがないことは証明されたけど、やっぱりヨッちゃんは魚であった。


吉川 元

そのとき装着していたのはフルフェイスマスクにレギュレーターがついている一体構造式のものだったで、残圧ゼロの僕がそのマスクを装着して潜ったなら、空気が吸えずに窒息死していただろう。
船上で余っているマスクを探したけれど、僕が着けられるようなマスクはなかったので致し方なくの行動だった。
案外マスクなしでも水中世界は見えるものだ。僕は乱視がきついから人より余計に見えやすいのかも知れない。そんな根拠はどこにもないので信じてもらわないほうがいいのだが。
以前にも二回ほどマスク無しダイビングの経験がある。
石原君のマスクのガラス部分が水中で外れたことがあった。コースを回り始めた矢先の出来事で、このままでは石原君だけがボートに置き去りになるのは必至だった。
一緒に潜っているメンバーは猛者ばかり。〈陽のあたる渓谷〉は目を閉じていてもコースガイドができるぐらい慣れている僕だし、万が一僕に何かあっても助けてくれそうな連中がごろごろいたので、僕のマスクを彼に渡してコースを回ることにした。
メンバーたちからは、いつもと変わらぬ腕の冴えとお褒めの言葉を頂戴した。そのうちの何人かは僕のマスク無しの顔をたいそう気に入ってくれて撮影もしてくれた。
それ以来、マスクを水中で外して遊び回るクセがつく。心ないメンバー達は水圧のかかった顔がまこと面白いと笑っていたけれど、僕にとっては海との一体感を感じる最高のひと時だった。
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