GEN-SUNのブログ

海と音楽がライフワーク

ダイバーズエッセイ「海に愛された男たち」奇跡のアンカーロープ 吉川回答編

前回の奇跡のアンカーロープ 木村健治編の続きです。
一瞬の気の緩みがトラブルを生んでしまう。緊張感を維持することの大切さを思い知らされたダイビングだった。

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潜行走破50キロの記録達成直後の僕
後ろは毎日放送報道局のカメラマン



〔著書抜粋〕

●エピソード一〔古座 ブラックトンネル〕奇跡のアンカーロープ 

吉川 元

あの時のA君のウエイトベルトにかなりの重さのウエイトがついていた記憶がある。
彼はプール講習時から適正ウエイトで潜ることが出来ず、それならあと一キログラム、もう二キログラムと、どんどん重くしてようやく潜れた人だった。
肺に残っている空気を吐ききることができなくて、思いのほか浮力がついてしまうケースだ。
怖がりの人に多いタイプで、もしもの場合を考えて肺に空気を残しておこうとする。そのため、ゆっくりとした呼吸ができずにタンクの中の空気が早く無くなってしまう。そして、何かの拍子で肺の空気を吐ききったときに、浮力が足らなくなって沈み込みが始まる。
重すぎるウエイトが沈み込みを助長したといえる。

以前、彼の腰に巻いていた筈のウエイトベルトがスポッと抜けて、海の底に消えて行ったこともあった。そういえば、達磨(だるま)さんのような体型だったか。
今回のファンダイブに参加予約してくれた時もかなりの教育的指導をしたが、一度付いた癖はそうそう直るものではない。
とにかく、彼以外は信頼の置けるダイバーなので注意していれば問題ないと判断した僕が甘かった。
ダイビング中盤までは全く問題なく、トンネルもくぐり抜けることができたことで安心してしまった僕の不注意がこのトラブルを発生させてしまった。
ケンジィとバディの山下雅美さんが彼を追いかけて行った時、僕はその後ろ姿を見ていた。
僕のチームは残圧が少なくなっていたので、ケンジィが棚に戻って来るまで待つことは出来ない。先にチームを上がらせてから棚に戻ることにした。
アンカーロープへ戻ってあとを石原君に頼み、ケンジィが待っている筈の棚まで急いだ。
「あれ? おれへん。何で?」
透視度はあまり良くないが迷う程でもない。アンカーロープはすぐ傍にあり、ケンジィの技術ならトラブルがあったとは考えにくい。
僕は途方に暮れた。そんな時、ケンジィがOKサインを出しながらヒョコッと現れて残りの二人は船の上だという。思わずムカッとした。心配からくる憤りだ。
陸に上がってからの二時間半以上に渡る激論の応酬は、二人の気持ちに重い疲れだけを残した。
それからの彼は、事あるごとに質問してくるようになった。説明するとその説明にまた質問を返してくる。これでもか、これでもかと。


●エピソード一三〔みなべ ミサチ〕荒れているのに

木村 健治

一本目は少し波があったが、何とか十二名全員を潜らせることができた。
昼休憩をしている間に海が徐々に牙を剥き出し、沖ではウサギがピョンピョン跳ねている。ウサギとは風がきついときにできる三角の波をいい、先端が白く砕けていることからウサギ波と呼ばれている。
「ちょっと見てくるわ」
昼食を済ませた酒井の親父さんはそう言って沖に出て行った。
「昼からは無理やな」
全員がそう話し合っていた。
一時間ほどで戻ってきた親父さんが笑顔でヨッちゃんに話しかける。
「吉川さん、行けるんちゃう。全員は無理かもしれんけど。取りあえずブイを打ってきたから」
ヨッちゃんが慌てふためいて聞き返す。
「ええっ、ブイ打ってきた? 親父さん、波はどれくらいでした?」
平然と酒井の親父さんは答える。
「三メートルぐらいかな。四メートルは無いと思う」
「うーん・・・」
 ヨッちゃんはそう言って沖を見つめた。五分ほど無言の時間が過ぎた。
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ヨッちゃんから重要な指示が飛んだ。
「港内停泊中に船上で装備一式を装着すること。フィンもマスクも着けてポイントまで座って乗船。ブイに船が固定できたら一斉にエントリーする。BCジャケットにエアを入れないこと。水面に浮上しないで速やかに潜降してアンカー下に集合すること」
ブイを目ざす僕たちの船はジェットコースターに姿を変えていた。波を越えたと思えば急降下のごとく波を下る。機材を背負って座っているメンバーたちのお尻が急降下の時には浮き上がりそうになる。
ところが、さすがつわもの達、いや、バカモノ達という言葉のほうが似合っているかも知れない。彼らはキャッキャと波を楽しんでいる。
親父さんがブイを船に固定するや否や、メンバー全員が瞬時に両舷に腰を掛ける。ヨッちゃんの合図をみんなが待つ。
「ワン、ツー、スリー、GO!」
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